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戦争における「人殺し」の心理学





デーヴ・グロスマン  安原和見訳 ちくま学芸文庫

・・・取っかかりとしてはS・L・A・マーシャルがうってつけだろう。これらのパイオニアのなかでも、最も後世に影響を与えた偉大な研究者である。

平均的な兵士が戦闘において人を殺すのはなぜか。それは彼の祖国と上官がそう命じるからにほかならず、自分と仲間の命を守るために必要だからだ―第二次世界大戦以前にはずっとそう信じられてきた。殺さないことがあるとすれば、それは兵士がパニックを起こして逃げ出したからだと、だれもが決めてかかっていた。

第二次世界大戦中、米陸軍准将S・L・A・マーシャルは、いわゆる平均的あ兵士たちに戦闘中の行動について質問した。その結果、まったく予想もしなかった以外な事実が判明した。敵との遭遇戦に際して、火線に並ぶ兵士一〇〇人のうち、平均してわずか十五人から二〇人しか「自分の武器を使っていなかった」のである。しかもその割合は、「戦闘が一日じゅう続こうが、二日三日と続こうが」つねに一定だった。

マーシャルは第二次大戦中、太平洋戦域の米国陸軍所属の歴史学者であり、のちにはヨーロッパ作戦戦域でアメリカ政府所属の歴史学者として活動した人である。彼の下には歴史学者のチームがついていて、面接調査に基づいて研究を行っていた。ヨーロッパおよび太平洋戦域で、ドイツまたは日本軍との接近戦に参加した四〇〇個以上の歩兵中隊を対象に、戦闘に直後に何千何万という兵士への個別および集団の面接調査が行われるのである。その結果はつねに同じだった。第二次大戦中の戦闘では、アメリカのライフル銃兵はわずか十五から二〇パーセントしか敵に向かって発砲していない。発砲しようとしない兵士たちは、逃げも隠れもしていない(多くの場合、戦友を救出する、武器弾薬を運ぶ、伝令を務めるといった、発砲するより危険の大きい仕事を進んで行っている)。ただ、敵に向かって発砲しようとしないだけなのだ。日本軍の捨て身の集団突撃にくりかえし直面したときでさえ、かれらはやはり発砲しなかった。


問題は、なぜかということだ。なぜ兵士たちは発砲しなかったのか?歴史学者、心理学者、そして兵士としての観点から私はこの問題を研究し、戦闘における殺人のプロセスについて調査を進めてきたが、それによってしだいにわかってきたことがある。戦闘中の殺人に関する一般的な学説では、ひとつ重大な要因が見落とされているということだ。そこを考慮すれば、上記の問題も含めてさまざまな疑問が解けるはずだ。その要因とはすなわち、ほとんどの人間の内部には、同類たる人間を殺すことに強烈な抵抗感が存在する、という単純にして明白は事実である。その抵抗感はあまりに強く、克服できないうちに戦場で命を落とす兵士が少なくないほどだ。

こう聞いて、「あまりに当然の」話だと思う人もいる。「人を殺すのがむずかしいのは当たり前だ」とそういう人は言うだろう。「私はどんなことがあっても人を殺すことはできない」と。だが、それは間違っている。適切な条件づけを行い、適切な環境を整えれば、ほとんど例外なくだれでも人が殺せるようになるし、また実際殺すものだ。また逆に、「戦闘になればだれだって人を殺すさ。相手が自分を殺そうとしていれば」と言う人もいるだろう。しかし、それはいっそう大きな誤りである。この第一部で見てゆくように、歴史を通じて、戦場に出た大多数の男たちは敵を殺そうとしなかったのだ。自分自身の生命あるいは仲間の生命を救うためにすら。(45ページ)



戦略爆撃下の民間人、砲撃や爆撃を受ける捕虜、現代の海戦を戦う水兵と同じように、敵前線後方の斥候に出る兵士がふつう精神的ストレスを免れているのは、なによりもまず、戦闘のストレスを引き起こす最大の要因がそこに存在しないからだ。かれらには面と向かって敵を攻撃する義務がない。たしかに危険きわまりない任務ではあるが、死と負傷への恐怖および危険は、戦場における精神的損傷の第一の要因ではないのである。(126ページ)



一九七三年の研究において、クランス、カプラン、およびクランスの三人は兵士が発砲する理由を調査している。戦闘経験のない人は、「撃たないと撃たれるから」というのが決定的理由だと考えたが、戦闘経験者が最大の理由としてあげたのは「撃てと命令されるから」だった。(244ページ)





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