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『沈黙−サイレンス−』

監督:マーティン・スコセッシ 出演:アンドリュー・ガーフィールド リーアム・ニーソン アダム・ドライバー キーラン・ハインズ 窪塚洋介 浅野忠信 イッセー尾形 塚本晋也 小松菜奈 加瀬亮 笈田ヨシ

 

スコセッシは『タクシードライバー』は大好きだけど他はそんなに思い入れない自分なので、『沈黙』もあんまり期待してなかったのだけど、すごすぎた。長いのに全然飽きる部分がない。地味なのにすごい。最初から最後まで隙がない。すごすぎる。

 

原作読んだ頃は、遠藤周作の他の小説、たぶん『留学』だったと思うのだけど、フランスに留学中の日本人(遠藤さんモデル?)が結核になって「木の文明の人間には石の文明の世界はつらい」みたいなこと書いてあってうなづいたりもしたんだけど、今、この映画を観ると、昔とはいろいろ違うことを考えた。

 

「日本の沼地に負けたのだ」みたいな話も、「日本異質論」みたいなことは思わなかった。なんといっても、極右全盛で権力すら握る現代日本なわけだけど、その日本の言論というか思想というか感情というか世相というかそういうのをリードしているというか象徴というかそういう存在の曽野綾子さんがカトリックだし、ネトウヨさんに大人気の麻生さんもそうなわけだし。

 

お奉行さまがなんか言うたびに「曽野綾子さんや麻生元首相もカトリックですよ!下っ端のあんたよりずっとずっとステイタス上というか日本最上位クラスですよ!」てなった。

 

というか、曽野さんとかこの映画とかみてどうなんだろう。マイノリティのキリシタンたちの苦しみにシンパシーを抱くのだろうか。それともやっぱ曽野さんらしく、キリシタンたちに対して「分をわきまえろ!迷惑かけるな!」って思うのだろうか。過去にこういうこと語ったり書いたりしたことあるのかもしれないけど、それはそれこれはこれなのだろうか。

 

 

そしてやっぱ原作読んだ頃と全然自分の意識が違うのはマイノリティ問題。原作読んだ頃とは感じる切実さが全然違った。すごい今日的な部分を感じながら観た。塚本晋也さんがインタビューで「自分は特定の信仰とかないけど、自分の信念を上から押さえつけられることへの反発はあるからそれを考えながら。信仰とは限らないけどこういうことはいつの時代にもあるから」的な話をしててまったく同意。

 

 

そして、モキチの塚本さんがひたすらすばらしかった。みんな言ってるけど『野火』観よう。キチジローは原作の自分の中でのイメージだともっとどうしようもない容姿というかなんといか、窪塚さんだとやっぱどこか凛々しいかんじがあって、自分の中のイメージの「どうしようもなさ」があんまりなくて、そのへん戸惑ったけど、自分のイメージは置いておくと、窪塚さん普通によかったと思う。

 

 

ところで、宇多丸さんの映画評を聴いたら、映画の賛否両方のメールを読んでたんだけど、どっちもありがちというかテンプレというかしょーもない中二的というかそういうのでトホホすぎた。

 

映画が良かったという方は「登場人物たちを善悪で描いてなく受け取り方は観る方にゆだねてるのがいい」とかなんとかで、あーまたそれかよ、みたいな。信仰を理由に拷問処刑しまくってる公権力の人たちの描写を見ても善悪で描いてないとか思っちゃうわけですか。それ歪みすぎでしょう。信仰を理由に拷問処刑しまくってる人たちが悪に見えないって、それただ単に、「日本側」みたいなカテゴリーにシンパシーを抱いたのと、彼らを優秀で知恵を持つ人間として描いてるからでしょう。簡単なバカに描いてないからでしょう。こういうこと言うと「絶対悪かどうかはわからない。絶対悪とすると正義の暴走を招く!」みたいなアレなこと言うんだろうけど、いや、程度問題でしょ、と。あんた、圧倒的に弱い者が圧倒的に強い者たちに拷問虐殺されるの目の前で見たとしても、善も悪もない、とか言うのかと。あんたのこと今ぶんなぐったら悪いのはこっちであんたは悪くないでしょう。そりゃ、ぶんなぐったとしたらもちろん理由はありますよ、あんたの考えがトホホすぎてムカつくって理由が。だけど、あんたの映画のこの程度の感想を理由にぶんなぐったら圧倒的に悪いのはこっちでしょう。

 

そして、映画が良くなかったという方は「主人公が自分のせいで他人の迷惑になってるのに、自分の正義を振りかざして正義の暴走しててうざかった」みたいなやつ。あーまたそれかよ、と。「正義の暴走して他人に大迷惑かけまくってるのは信仰を理由に拷問虐殺しまくってる公権力の人たちでしょ!なんでそっちは余裕でスルーできて圧倒的暴力の前になすすべもない一人の人間の方が気に入らないって言いたがるのですか...歪みすぎでしょ」と。

 

いや、ほんと、両方ともおなじみすぎて創作かよと驚くくらいなんだけど、宇多丸さんだかスタッフだか知らないけど選んだ人はこの2つをどういう考えで選んだんでしょうか。晒しものにしたのか、良いと思ったのか、まあ、良いと思ったんだろうな。

 

 

あと、「日本でなぜキリスト教が...」的な問いだけど、超ド素人の自分の適当な想像だと、「日本の文化はー」とか「日本人の考え方はー」とかそういうのは関係なくて、当時の権力者次第だったんじゃね?と。映画の中で主人公も「いや、弾圧されるまでは日本でもキリスト教栄えてたじゃん!」と言ってたけど、実際そうで、もし江戸の将軍様が「みんなキリスト教にしよ!」って気まぐれでもなんでもいいからやって何代か続いてたら、普通に今でも少なくとも50%くらいはキリスト教徒だったんじゃね?と。余程の大弾圧がその後になかったとしたら。ようするに運次第じゃね?と。というか、江戸の将軍様が「みんなキリスト教にしよ!」ってやらなくても、そもそも、江戸時代の弾圧がなかったら、権力者が放置してたら、九州はもちろん、日本中でかなり栄えたんじゃね?と。

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